2010年3月8日月曜日

笠間直穂子訳『心ふさがれて』、第15回日仏翻訳文学賞受賞!

このたび、マリー・ンディアイ『心ふさがれて』(インスクリプト、2008年10月)の翻訳で、笠間直穂子さんが第15回日仏翻訳文学賞(日仏翻訳文学賞委員会主催、小西国際交流財団協賛)を受賞いたしました。


フィリップ・フォレスト『さりながら』(白水社、2008年10月)の翻訳者、澤田直さんとの同時受賞です。対象は「2007年4月より2009年3月までに出版された、フランス語から日本語翻訳」で、選考委員は、西永良成・小林茂・野崎歓・堀江敏幸の4氏。(日本語からフランス語への翻訳についての部門も別に設けられています。)

受賞理由は以下の通り:

「今年度のゴンクール賞に選ばれたアフリカ系のこの女性作家は二十年まえから注目されていた小説家だが、深い教養と抽象度の高い独自の難解さをもつ文体のゆえに、我が国ではこれまで積極的に翻訳を企てる者がいなかった。笠間氏は果敢な勇気をもって、この最新作の新訳に挑まれ、おとぎばなしを思わせる奇想と現在社会のリアリティーがない交ぜになる幻想的な味わい深いこの作品を見事な日本語に移植された。」

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あらためて本書をご紹介いたします。

マリー・ンディアイ著
笠間直穂子訳
『心ふさがれて』

奇怪な事件、せり上がる謎。
霧のボルドーから光の地中海へ、
奇想とリアリズムが交錯する目眩のするような語りがあぶりだす家族の真実。
大作家への道を歩むンディアイ、長篇最新作。

2008年10月18日初版第1刷発行
四六判上製352頁
装幀:間村俊一/写真:港千尋
定価:本体2500円+税
ISBN978-4-900997-20-2
原著:Marie NDiaye, Mon cœur à l'étroit, Editions Gallimard, 2007.

▼お試しに、冒頭第1節(5〜6頁)を:

1 いつはじまったのか

 ときどき白い目で見られている気がしたのが、はじまりだった。ほんとうに私が恨みを買っているのだろうか?
 夕食のとき、思いきってアンジュにこの異変について打ち明けると、気が引けたのか困惑したのか少し口をつぐんでから、実は自分の周りでも同じことが起きているのだと答える。そしてこちらをじっと見つめながら問いかけてくる、教え子たちは自分になにか非があると言いたいのだろうか、それとも自分は身代わりで、ほんとうのところは妻の私を槍玉に挙げようとしているのだろうか、と。
 そう訊かれて私はうろたえる。私がだれに、なにをしたというのだろう?
 アンジュは私のことが心配でたまらないという目をしている。彼の受け持つ子どもたちの険しい目つきは彼一人に向けられ、私のクラスの子どもたちが私に向けるまなざしもやはり彼のほうへ放たれたものだと、そう私に言ってほしいように見える。
 とはいえ、アンジュだって、だれに、なにをしたというのだろう? 評判のよい小学校教師なのに、控えめでどこから見ても信頼できる人物なのに。
 私たちは黙りこくって食事を済ませる、目の前の相手が不安に胸を掻き乱されていることはお互いひしひしと感じているけれど、はっきり口に出す決心はつかない、二人は平穏な、息の合った、周りのどんなことでも即座に話が通じる暮らしを送ってきたので、言ってみれば自分たちが怖気づいていること自体、なにか場違いなものが割りこんできたようで、我慢ならないのだ。

▼著訳者略歴(本書掲載のものを増補してあります)

[著者]
マリー・ンディアイ(Marie NDiaye)
1967年、フランス中部オルレアン近郊で、セネガル人の父とフランス人の母の間に生まれる。1985年17歳で第一作Quant au riche avenir(『豊かな将来はと言えば』)をミニュイ社から刊行。以降、小説、戯曲、童話などを発表し、フランス現代文学の最重要作家の一人と目されている。2001年、Rosie Carpe(『ロジー・カルプ』)でフェミナ賞を受賞。2009年、Trois femmes puissantes(『三人の強い女』)でゴンクール賞を受賞。
小説/戯曲
Quant au riche avenir, 1985(『豊かな将来はと言えば』)
Comédie classique, 1987(『古典喜劇』)
La femme changée en bûche, 1989(『薪になった女』)
En famille, 1991(『水入らず』)
Un temps de saison, 1994(『秋模様』)
La sorcière, 1996(『魔女』)
Hilda, 1999(『ヒルダ』、戯曲)
Rosie Carpe, 2001(『ロジー・カルプ』、小野正嗣訳、早川書房、近刊)
Papa doit manger, 2003(『パパも食べなきゃ』、戯曲)
Les serpents, 2004(『蛇たち』、戯曲)
Tous mes amis, 2004(『みんな友だち』、笠間直穂子訳、インスクリプト)
Autoportrait en vert, 2005(『緑の自画像』)
Puzzle (avec Jean-Yves Cendrey), 2007(『パズル』、戯曲集、ジャン=イヴ・サンドレーと共著)
Mon cœur à l'étroit, 2007(『心ふさがれて』、本書)
Trois femmes puissantes, 2009(『三人の強い女』)
童話
La diablesse et son enfant, 2000(『あくまと子ども』)
Les paradis de Prunelle, 2003(『プリュネルの天国』)
Le souhait, 2005(『ねがいごと』、笠間直穂子訳、駿河台出版社)

[訳者]
笠間直穂子(Kasama, Naoko)
1972年宮崎生まれ。上智大学卒、東京大学大学院博士課程単位取得退学。現在、上智大学等非常勤講師。フランス文学、地域文化研究。訳書にンディアイ『みんな友だち』(インスクリプト)、『ねがいごと』(駿河台出版社)。ミハイル・セバスティアン『事故』の翻訳をインスクリプトより刊行予定。

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ウェブ上では正確なものがありませんでしたので、これまでの「日仏翻訳文学賞」の受賞リストを挙げておきます。(著作集のたぐいは著者名を省略してあります。)

第1回(1994年)
阿部良雄訳『ボードレール全集』全6巻(筑摩書房)

第2回(1995年)
野沢協訳『ピエール・ベール著作集』(法政大学出版局)

第3回(1996年)
酒詰治男訳『人生 使用法』ジョルジュ・ペレック(水声社)

第4回(1997年)
斉藤一郎訳『ゴンクールの日記』(岩波書店)

第5回(1998年)
高坂和彦訳『なしくずしの死』他主要小説7篇、ルイ=フェルディナン・セリーヌ(国書刊行会)

第6回(1999年)
山田稔訳『フラゴナールの婚約者』他小説3篇、ロジェ・グルニエ(みすず書房)

第7回(2000年)
西永良成訳『詩におけるルネ・シャール』ポール・ヴェーヌ(法政大学出版局)

第8回(2001年)
星埜守之訳『フランスの遺言書』アンドレイ・マキーヌ(水声社)
塚本昌則訳『コーヒーの水』ラファエル・コンフィアン(紀伊國屋書店)

第9回(2002年)
天沢退二郎訳『ヴィヨン詩集成』(白水社)
石井洋二郎訳『ロートレアモン全集』(筑摩書房)

第10回(2003年)
秋山伸子訳『モリエール全集』第1〜9巻(臨川書店)
有田忠郎訳『セガレン著作集6──碑、頌、チベット』(水声社)

第11回(2006年)
小笠原豊樹訳『石、紙、鋏』『クレモニエール事件』『サトラップの息子』アンリ・トロワイヤ(草思社)
田中成和訳『マラルメの想像的宇宙』ジャン=ピエール・リシャール(水声社)

第12回(2007年)
渡邊守章訳『繻子の靴』ポール・クローデル(岩波書店)

第13回(2008年)
【特別賞】石井晴一訳『艶笑滑稽譚』オノレ・ド・バルザック(岩波書店)
金井裕訳『カイエ1957─1972』エミール・シオラン(法政大学出版局)
渋谷豊訳『ぼくのともだち』『きみのいもうと』エマニュエル・ボーヴ(白水社)

第14回(2009年)
受賞者なし

第15回(2010年)
澤田直訳『さりながら』フィリップ・フォレスト(白水社)
笠間直穂子訳『心ふさがれて』マリー・ンディアイ(インスクリプト)