2010年2月18日木曜日

「アラン・フレシェールとル・フレノワ国立現代アート・スタジオの軌跡」をめぐるメモ二件

ストローブの新作の上映がおそらくいちばん注目されている、東京日仏学院での今月末からの特集上映「アラン・フレシェールとル・フレノワ国立現代アート・スタジオの軌跡」ですが、そのうちの2作品に関連して、以下メモしておきます。

1)『Inland』(タリク・テギア監督、2009年)

当欄でもすでに簡単にご紹介したジャック・ランシエールの新しい邦訳『感性的なもののパルタージュ──文学と政治』(法政大学出版局、2009年)に収録された、訳者による著者インタビューのなかで、ランシエールが本作に言及しています。「支配的なフィクションの体制が創設しているような諸同一性を移動させるフィクション」(122頁)のひとつとして──『コロッサル・ユース』(ペドロ・コスタ監督、2006年)と並べて──紹介しています。当該箇所を抜き書き:

《それから、タリク・テギアの最近のアルジェリア映画『インランド』のことも念頭にあります。この映画は、今日のアルジェリアの状況に関して、きわめて興味深いものです。そのフィクションの中心に据えられているのはひとりの測量士であり、彼は土地の台帳を作るのですが、それは政治的駆け引きから身を引いていくかのようにです。映画は、一群の知識人が議論し、社会や革命についてのドゥルーズ的なヴィジョンを語っている場面と、かつてこの知識人集団の一闘士だったこの測量技師が、そこから身を離し、オラン南部に土地を測量しに行く場面のモンタージュから成っています。その途中で、彼はモロッコからスペインへと渡ろうとしていた一群を見舞った災難を逃れた一人の黒人の女に出会います。そして、彼は仕事を投げ出して、彼女が自身の国に帰るのに付き添って行きます。そこでは、植民地主義や移民、闘士的態度の図式、そして権威や狂信に対する関係の図式が真にずらされ、場と運動への集中へと成りかわっています。ひとつの場を測量し始め、この測量を、その場を構成している権力の地勢図、そして支配的な哲学‐政治的言説によって構築された地勢図と突き合わせてみるとき、この場について何を言うことができるのか。ひとつの場を、ただ自分がそこに見るものにのみ基づいて特徴づけなければならない立場におかれる時、何が起きるのか。移住の大流動、移民の深刻な問題等々が、砂漠における方角の選択のようなものに成り代わってしまう瞬間から、一体何が生じるのか。そこには、土地の経験、そして目に見えるものとそれが可能にする行動の経験への回帰のようなものがあり、それが、支配的な言説と支配的な地勢図によって定められた方向づけの体制すべてを粉砕しているのです。》(123─124頁)

これを読んで観てみたいとちょうど思っていたところでした。ランシエールもル・フレノワで観たのでしょうか。なお、ランシエールによる『コロッサル・ユース』論については、直前のエントリーを参照(ええ、宣伝ですよ)。

2)『ジャン=リュック・ゴダールとの会話の断片』(アラン・フレシェール監督、2007年)

この作品を含む、フレシェールが監督したゴダールインタビュー集成DVDボックス(570分)が発売されたばかりです。
http://www.editionsmontparnasse.fr/jlg/

ここで触れたいのはその発売情報ではなく、昨秋の話柄。フレシェールによるゴダールの「反ユダヤ主義」の「告発」です。「ル・モンド」紙(2009年11月19日付)が報じたのをきっかけに波紋を呼んだ模様ですが(「Godard Fleischer antisemitisme」で検索すれば出てきます)、フレシェールが昨年9月に刊行した著書(Courts-circuits, Editions le Cherche Midi, 2009)のなかに、上記の『会話の断片』収録のいきさつに言及している箇所があり、対話者のジャン・ナルボニにたいして以下のような発言を収録の合間にゴダールがした、とフレシェールが記している由──「パレスチナ国家を実現させようとしてなされるパレスチナ人たちの自爆テロは、せんじ詰めれば、ガス室で羊のように扱われ、絶滅させられ、そうして自らを生贄にし、イスラエル国家を実現させるに到った、そのユダヤ人たちがしたことと似ているのだ」。この発言にフレシェールは、ゴダールの「反ユダヤ主義」を看取し、それを「告発」している。「ル・モンド」の当該記事もゴダール作品における「パレスチナ/イスラエル」への言及を跡づけていますが(最も新しいところでは『アワーミュージック』[2004年])、即座に『JLG/自画像』(1995年)の「ステレオのフィギュール」を想到するところでしょう。ゴダールにおける「反ユダヤ主義的傾向」への批判的指摘がなされたことはこれまでにもありましたが、おそらく今回はゴダール固有の問題よりも広いコンテクスト、近年のフランス論壇での「反ユダヤ主義告発」の文脈も背景に控えているかもしれません。(この件、以下の記事などを参照しつつ慎重に書いているつもりですが、事実誤認などがありましたらご指摘いただければ幸甚です。フレシェール本は、現在取り寄せ中。)
http://www.lemonde.fr/cgi-bin/ACHATS/acheter.cgi?offre=ARCHIVES&type_item=ART_ARCH_30J&objet_id=1105925
http://www.liguededefensejuive.net/spip.php?article1303

なお、この問題に関しては、小社より刊行予定の平倉圭著『ゴダール的方法』(仮)でも論及される見込みです(ええ、宣伝ですよ)。

【追記】いち早く知りたければ韓国に行くがよろし。