2010年2月26日金曜日

田崎英明:人文科学洋書15選

『不和あるいは了解なき了解』書評掲載にちなみ、著者の許諾のもとに、以下のブックガイドを掲載します。田崎英明著『無能な者たちの共同体』(未来社)刊行記念のジュンク堂書店池袋本店4階でのトークイヴェント(十川幸司さんとの対談)のさいに、会場限定で配布された4頁のパンフレット。同店4階の人文書洋書の棚にあったものから15点を田崎さんがセレクトするという趣向。同書の担当編集者(つまり当時の私なわけですが)が編集・制作、2008年1月17日発行。パンフのタイトルは田崎さんによります。……当該書がまだ棚にあるかはわかりません、「ジュンク堂」をその後「Junk-U-Do」と呼ぶ人が続出したのかも知りません、あしからず。

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Junk-U-Doのための15冊
『無能な者たちの共同体』対談開催記念|人文科学洋書15選
[ジュンク堂書店池袋本店4階2008年1月版]

田崎英明=選

§1
Stanley Cavell, Conditions Handsome and Unhandsome: The Constitution of Emersonian Perfectionism, The University Of Chicago Press, 1991.(スタンリー・カヴェル『気前のよい/手わざの利いた条件とけちくさい/不器用な条件:エマソンの完成主義の構成』)
§2
Rupert Read and Jerry Goodenough (eds.), Film as Philosophy: Essays on Cinema after Wittgenstein and Cavell, Palgrave Macmillan, 2005.(ルパート・リード+ジェリー・ゴードノー編『哲学としてのフィルム:ウィトゲンシュタイン/カヴェル以後の映画をめぐる試論』)
§3
Simon Critchley, Very Little ... Almost Nothing: Death, Philosophy and Literature, Routledge, 1997; 2nd ed., 2004.(サイモン・クリッチリー『ほんの僅か……ほとんど何もない:死・哲学・文学』)
§4
Geoffrey G. Harpham, The Ascetic Imperative in Culture and Criticism, The University of Chicago Press, 1987.(ジェフリー・G・ハーファム『文化と批評における禁欲の命法』)
§5
Andrew Benjamin (ed.), Walter Benjamin and History, Continuum International Publishing Group, 2006.(アンドリュー・ベンジャミン編『ヴァルター・ベンヤミンと歴史』)
§6
Franz Rosenzweig, Ninety-Two Poems and Hymns of Yehuda Halevi, ed. & introduction by Richard A. Cohen, trans. by Thomas Kovach, Eva Jospe, and Gilya Gerda Schmidt, State University of New York Press, 1999.(フランツ・ローゼンツヴァイク『イェフダ・ハレヴィの92の詩と頌歌』)

以上は何らかの意味でカヴェルつながり。
カヴェルの映画論はドゥルーズの『シネマ』同様、世界への信頼をどう築き上げることができるかがひとつのテーマ。日常言語学派の日常性というのが、懐疑論による悲劇を回避し、かろうじて生き延びたサヴァイヴァーたちが作り上げた世界であるのか、ロマンチック・コメディ(シェイクスピアからハリウッドまで)の楽天性、陽気さがその背後にどれだけの深淵を秘めているのかをカヴェルはあきらかにする(まさにエマソンを引き継ぐアメリカ的哲学としてのハリウッド映画)。エマソンの完成主義も、個人の改心のような変化を、パフィットのように、人格の同一性の否定のために持ち出すのではなく、むしろ、そのような変化と時間性を包摂した個人の概念こそが民主主義の根本に据えられなければならないというもの(感覚‐運動図式の解体後の個人と世界の関係?)。パトナムはローゼンツヴァイク(すみませんここに挙げている本ではありません)への序文で、やはりパフィットを批判しローゼンツヴァイクの「常識の哲学」を称揚している(個人の同一性は名の同一性で十分である)。そして、そこでも参照されるのはカヴェルである。
カヴェルは後期ウィトゲンシュタインの文体を理性とそれを誘惑する声との対話篇であると指摘しているが、「西洋」の文化における誘惑のテーマについてはハーファムを参照。
「映画と哲学」のテーマではカヴェルとドゥルーズの名を挙げるのが(少なくともフランス語圏では)定番と化した感がある。それとカヴェル自身によるデリダへの言及はContesting Tears(『涙を競い合う/異議申し立てする涙』[The University of Chicago Press, 1996])を参照。今後の興味深いテーマはカヴェルとベンヤミンであるだろう(だといいな……くらいか)。

§7
Christopher Norris, Epistemology: Key Concepts in Philosophy, Continuum International Publishing Group, 2005.(クリストファー・ノリス『エピステモロジー:哲学のキーコンセプト』)

ジャック・デリダ、ポール・ド・マン、ヒラリー・パトナムに関するモノグラフの著者であるノリス(『ディコンストラクション』が日本語訳あり[勁草書房、1985年])は、哲学における「二つの伝統」(「分析哲学」と「大陸哲学」、これに関してはクリッチリーの『ヨーロッパ大陸の哲学』[岩波書店、2004年]も参照)を架橋することに力を注いでいる。デリダ派による反実在論や文化相対主義の批判。分析哲学の諸潮流と脱構築的な実在論への入門書。

§8
Joseph Schneider, Donna Haraway: Live Theory, Continuum International Publishing Group, 2005.(ジョゼフ・シュナイダー『ダナ・ハラウェイ:ライヴ・セオリー』)
§9
Paola Marrati, François Zourabichvili et Anne Sauvagnargues, La philosophie de Deleuze, Presses Universitaires de France, 2004.(【仏語】パオラ・マラッティ+フランソワ・ズーラビクヴィリ+アンヌ・ソーヴェナルグ『ドゥルーズの哲学』)
§10
Keith Ansell Pearson, How to Read Nietzsche, W. W. Norton, 2005.(キース・アンセル・ピアソン『ニーチェ入門』)
§11
Elizabeth Grosz, Space, Time, and Perversion: Essays on the Politics of Bodies, Routledge, 1995.(エリザベス・グロス『空間・時間・倒錯:身体の政治学をめぐる試論』)

これは動物つながり。
ハラウェイは日本語訳が皆無という訳でもないのに、その重要性に見合った注目を集めているとはいいがたいのはなぜだろうか。最近の彼女は動物と人間の共進化にも踏み込み(彼女とリン・マーギュリスのあいだには、おそらくはドリオン・せーガンの媒介にもよるのだろうが、交流がある)、その非人間=男性中心主義ぶりはますます磨きがかかっている。
最近動物というとデリダが出てきてしまうのだが、当然、ドゥルーズ=ガタリだってあります。ソーヴェナルグが数少ないドゥルーズ=ガタリ系動物論か。
ピアソンはニーチェ、ドゥルーズ、ベルクソンに関する三部作の著書のある人。

§12
Jodi Dean and Paul Passavant (eds.), Empire's New Clothes: Reading Hardt and Negri, Routledge, 2003.(ジョディ・ディーン+ポール・パサヴォン編『帝国の新しい衣服:ハート/ネグリを読む』)
§13
Arjun Appadurai (ed.), The Social Life of Things: Commodities in Cultural Perspective, Cambridge University Press, 1988.(アルジュン・アパデュライ編『事物の社会的生:文化的視野における商品』)
§14
Anthony C. Alessandrini (ed.), Frantz Fanon: Critical Perspectives, Routledge, 1999.(アンソニー・C・アレッサンドリーニ編『フランツ・ファノン:批判的視野』)

ここは(一応)ポストコロニアル系。『帝国の新しい衣服』には、アフリカという視点からの『〈帝国〉』批判などがあり。
モノthing, obje(c)t、そしてフェティシズムの観点からグローバリゼーションを見ることの重要性。
それとファノンについての重要論文選。

§15
John D. Caputo, Demythologizing Heidegger, Indiana University Press, 1993.(ジョン・D・カプート『ハイデガーを脱神話化する』)

ハイデガーと個体性の問題について考えるときにたいへん世話になりました。『無能な者たちの共同体』のトラークル論はこれがネタ元です。

*このブックリストは、ジュンク堂書店池袋本店4階・人文書コーナーの洋書棚から、田崎英明氏がセレクトし、コメントを添えたものです。『無能な者たちの共同体』所収の「文献案内」とあわせてご活用ください。

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