2009年12月2日水曜日

【近刊】港千尋『愛の小さな歴史』


『愛の小さな歴史』港千尋=著

1958年7月、アラン・レネは広島へ向かった。まだ起きていないが、これから起きる恋愛について書かれた明日の新聞をもって……。

アラン・レネ、マルグリット・デュラスが映画史に残した傑作『ヒロシマ・モナムール』。撮影当時の広島を撮った写真が再発見されたその主演女優エマニュエル・リヴァとの出会いに導かれながら、映画の生成過程に分け入り、時間と記憶、写真と夜と死をめぐる考察を織りあげる映像論の冒険。待望の書き下ろし。

2009年12月8日発売

四六判上製240頁
装幀:間村俊一
定価:本体2500円+税
ISBN978-4-900997-25-7

[カバー写真]
エマニュエル・リヴァが『ヒロシマ・モナムール』ロケで日本を訪れた際に使用したカメラ。このリコーフレックスで1958年夏の広島が撮影された。(撮影=港千尋)

[目次]
掌の夜
愛の小さな歴史
カメラとコーヒーカップ

[本書より]
 わたしたちはいまイメージの新しい時代に入りつつある。写真や映画をインターネット上で共有し、過去につくられたあらゆる種類の映像を検索することが当たり前になった世の中で、イメージは日常生活においても研究の分野においても、これまでとは比較にならないほど大量かつ高速にわたしたちのもとに届く。もちろん先史時代以来、数え切れぬほどの「新しい時代」があったことを思い返せば、これが最初の革新というわけではないし、最後というわけでもないだろう。版画が発明されたとき、活版印刷が始まったとき、写真術が発見されたとき、映画が上映されたとき、最初の衛星通信に成功したとき……こうしたメディアはそれ自体が複雑な、さまざまな個人と社会との関係をとおして発現するものであり、それぞれの始まりには人類学的な背景が存在している。
 わたしたちが、これから映画と写真を対象に行おうとするイメージの探求では、イメージを、目の前に存在するモノとして眺めるのではなく、その形成から分配、所有あるいは消滅までを、人間の経験として考えるという立場をとる。したがってここでは、「見る」ということはいったいどういう経験であるのか、という問いも出てくる。わたしたちは日常的な経験として、昔の写真を見て懐かしがり、あるいはそこに過ぎし日の面影を発見して郷愁を感じる。だが写真に写っている人間をそれとして認知するということは、それほど自明でもないことが、本書でも考察されるだろう。
 取り上げられる作品は、フランスの映画監督アラン・レネが一九五九年に発表した『ヒロシマ・モナムール』とそれにまつわる写真である。日本公開時には『二十四時間の情事』とタイトルされたこの作品は、いわゆるヌーヴェル・ヴァーグの夜明けを告げる新しい映画として映画史に刻まれている。脚本はマルグリット・デュラスが書き下ろし、岡田英次とエマニュエル・リヴァが主演した最初の日仏合作映画でもある。
(……)
 すでに各国で夥しい数の研究が発表されている、もはや古典に属すると言ってもよいこの作品について、新たに付け加えるべき論評はあまりない。わたしたちがここで対象とするのは、評価の定まった完成作品ではなく、この映画がつくられる過程である。特に手紙、ノート、写真といった作品の背後に散らばっている、それ自体がすでに過去のものとなっている資料を直接の材料にして、映画がつくられた時代と都市のありようを再構成してみたい。
 その途上で、メディアと身体のテーマが取り上げられると同時に、歴史と記憶についても考察が加えられる。どれも大きな問題であるが、ロケ現場となった当時の広島を舞台にして、冷戦の真只中という時代状況を振り返り、都市計画やデザインの潮流から、原作者のデュラスが同時代と結ばれていた知的なあるいは個人的な共同体、彼女にとっての写真の意味、さらに当時胎動しつつあった思想まで、できるかぎり時代を横断的に眺めることにしよう。
 書名にあるように、ここでわたしたちは「小さな」歴史を対象にしている。鉄や石のモニュメントとともに、掌に載るような写真や絵葉書も出てくるだろう。だから「ちっぽけな」とも読み替えることもできるだろうが、「小さなこと」のうちに秘められていることが、どのようにして目に見えるようになるか、あるいはならないのか、どのようにして語られるようになるのか、あるいはならないのか、について考えてみたい。
 ある「かたち」が時空を超えて、文化の異なる場所に生き延びることの不思議から、美術史家アビ・ヴァールブルクは独創的な思想を生み出した。生き延びた女性と男性の物語を、その細部においてたどりながら、わたしたちはある認識の形式が、たとえば「瞬間」と呼ばれる経験が、神話時代から極限状況の証言にいたるまで、時空を超え、異なる場所に生き延びることについて、知ることになるだろう。(9─13頁)

[関連書]
『HIROSHIMA 1958』
エマニュエル・リヴァ写真/港千尋+マリー=クリスティーヌ・ドゥ・ナヴァセル編、2008年11月発売、税込3675円。現在2刷。詳細はこちら