2009年2月28日土曜日

ビラ


深更、都内某所で入手。「非暴力や忍耐や愛だけでは、決して、あなたや私の、すなわちわれわれ自身の自由を獲得できないのだ」(ストークリー・カーマイケル/J.-L.ゴダール『ウイークエンド』)、「公式的なものの見方のためにがんじがらめになっている連中こそ異端者で、そいつを解放しようとするものこそ正統派だろうじゃないか」(花田清輝「モラリスト批判」)etc.etc.

2009年2月27日金曜日

『エル・スール』上映@仙台ほか

映画版の『エル・スール』の話です。ビクトル・エリセ監督作品、1983年。渋谷・ユーロスペースでの上映は終了しましたが(会場での書籍販売も終了しています)、今週末より1週間、仙台の映画館、桜井薬局セントラルホールでスクリーンに掛かります。『ミツバチのささやき』と併せての上映、2月28日(土)から3月6日(金)まで。ニュープリント。

【追記】上記の仙台の劇場にて、上映期間中、小社刊『エル・スール』を販売いたします。最寄りの方はぜひいらっしゃってください。

その後は、当方が把握しているかぎりでは、4月24日(金)〜26日(日)の3日間、山口情報芸術センター(YCAM)での上映が告知されています。また、日程は未定ですが、東京の下高井戸シネマでも上映が予定されているようです(ユーロで見逃した方はぜひ)。

ご覧になった方は、小社刊の原作本、アデライダ・ガルシア=モラレス著『エル・スール』もどうぞ。ご覧になっていない方もどうぞ。映画も観て、小説も買う、これが吉。いや大吉。DVD-BOXまで買えば超吉。(またつまらぬ饒舌を書いてしまいましたわ。)

2009年2月26日木曜日

『小島一郎写真集成』紹介@「fotonoma」飯沢耕太郎さん

富士フイルムのwebサイト「fotonoma(フォトノマ)」、「飯沢耕太郎さんの今月のおすすめ!」というコーナーの本日掲載分で、『小島一郎写真集成』が取り上げられています。あれ? いえいえ、取り上げてくださるだけで、たいへんありがたく。ほんとに。

『小島一郎写真集成』第2刷出来!

本日、『小島一郎写真集成』(青森県立美術館監修、税込3990円)の第2刷が出来ました。おかげさまをもちましてご注文が相次いでおります。若干品薄になっておりましたが、これで皆様にお届けできます。どうぞふるって(?)ご購入ください。



掲載写真作品はもちろん第1刷と変わりませんが、テキスト部分を修正している箇所が若干ございます。内容に関わるものといたしましては、

作品リストの「46」の撮影地を「弘前市」に訂正いたしました。

展覧会のお客様からご指摘を受けての訂正です。第1刷をお持ちの方々のために、以上お知らせ申し上げます。



また、『HIROSHIMA 1958』(エマニュエル・リヴァ写真/港千尋+マリー=クリスティーヌ・ドゥ・ナヴァセル編、税込3675円)も現在重版中です。第2刷は3月5日前後に出来あがる見込みです。

社会主義

http://www.vegafilm.com/vega-film/en/news/

JLG次回作。via hirakura kei

ほんとにこういう題名になるんでしょうか。日本公開時のタイトルは直訳にしていただけるとたいへん素敵です。

ちなみに、現時点での最新作はこちら。『ある破局』。

http://www.viennale.at/cgi-bin/page.pl?cid=502;akid=100

画像をクリックすると見られます。1分ほどの作品。最新作の予告篇映像、なのではなくて、映画祭(ヴィエンナーレ2008)の予告篇映像がJLGの最新作。ゴダール作品がデフォルトでウェブ配信される時代。

2009年2月25日水曜日

『小島一郎写真集成』@Amazon【続報】

日経の効果でしょうか、本日17時の時点で以下の通りです。



順位はたいへんありがたいことなのですが、あろうことか、ご注文を受けられない状態になっています。「在庫切れ」のステータスすら出ず、AMPのみの取扱となっておりますが、

小社には在庫はございます。絶版・品切れではありません。

フォントを大きくしてここでお伝えしておきます。Amazonさんには追加発注とステータス変更を依頼いたします。ご迷惑をお掛けいたしますが、いましばらくお待ち下さい。

【追記(2月26日)】
追加納品いたしました。数日内に「在庫あり」に変わるはずですので、お待ちください。

糸かがり

http://www.matchandcompany.com/archives/300_match_box/#000318

解体してますねー。デザイナー町口覚氏のブログから。糸抜き、たしかに気持ちよさそう。ちなみに、『小島一郎写真集成』も『HIROSHIMA 1958』も「糸かがり綴じ」です。写真集だとそんなに珍しくはないはず……。

担当学芸員が語る「小島一郎」展@日経新聞

本日(25日)付けの「日本経済新聞」朝刊の最終面・文化欄にて、「小島一郎──北を撮る」展@青森県立美術館の紹介が掲載されています。書かれたのは、同展担当学芸員の高橋しげみさん。小社刊行の『小島一郎写真集成』の編者でもあります。小島の写真と出会ってから今回の展覧会にいたるまでの道のりを綴っておられます。青森県立美術館が開館したのは2006年の夏ですが、高橋さんが開館準備室スタッフだったときから数えて8年越しの企画。それがようやく実現した次第です。渾身の展覧会です。高橋さんも青森のご出身。その彼女に小島の写した津軽は、下北は、そして東京はどう見えたのか。今朝の日経をご一読ください。



昨日、同展の入場者数が5千人を突破したとのこと。展覧会は3月8日(日曜日)まで。ウィークエンドはあと2回(土日には高橋さんのギャラリートーク付き)。どうぞお見逃し無く。おわかりですね、この展覧会は巡回しないのです。

『芸術新潮』最新号にご注目!

本日(25日)発売の『芸術新潮』2009年3月号。特集が「阿修羅のまなざし」……



で、目次を見ると………



めくっていくと………!



阿修羅まっぷたつ!! そういうことじゃなくて。



オールスターズ、どーん!!! そういうことでもなくって。特集の後をめくると…………!!!



その先のページでは……………!!!!



というわけで、あいかわらず画像があらくてすみません。速報ということで。小特集として「写真家・小島一郎が切り撮った“北国”」全11頁、「art news」のコーナーでは「エマニュエル・リヴァ 彼女のヒロシマ・モナムール」が全6頁で掲載されています。ぜひご覧ください。どちらの記事に載っている写真も、小社の2冊、『小島一郎写真集成』『HIROSHIMA 1958』に収録されています。

ちなみに、特集はこれを受けてのものですね。



くるくる……。というか、いったいこのエントリーは何を宣伝しようとしているのでしょう。関係ない写真載せすぎ。

【追記】
こちらで、小島一郎小特集のイントロが「立ち読み」できますね。ご覧ください。

2009年2月24日火曜日

『HIROSHIMA 1958』紹介@『intoxicate』(村尾静二さん)、『日経ヘルスプルミエ』(金原瑞人さん)

アンジー、残念…………。それはともかく。



タワーレコードのフリーペーパー『intoxicate』最新号(78号)で、エマニュエル・リヴァ写真集『HIROSHIMA 1958』が紹介されています。「EXOTIC GRAMMAR」というコーナーで「クロード・レヴィ=ストロースとアラン・レネ」との題。著者は村尾静二さん(映像人類学・映画研究)。1958年はレヴィ=ストロースの『構造人類学』が刊行された年でもあるんですね。そのレヴィ=ストロースによる写真集『サンパウロへのサウダージ』(今福龍太訳、みすず書房、2008年)と並べて論じられています。いずれも、写真家でない者が異邦の地で撮った写真。その瑞々しさ、若さ。「カメラのレンズを通して、リヴァと子供たちの視線はつながり、その好転がわれわれ読者の視線をひきつける。そこにはヒロシマを全身で吸収しようとしていたリヴァの初々しい息づかいを感じ取ることができる。」同誌はタワーレコード各店にて入手可。ぜひどうぞ。

また、『日経ヘルスプルミエ』2009年4月号の「premie's recommend books」のコーナーでも同書が取り上げられています。金原瑞人さんによる文章。「この写真集はたくさんのことを語りかけてくる。戦争、原爆、復興、悲惨さ、貧しさ……など。だけど、なによるはっきり聞き取れるのは、子どもたちの明るい顔に表れた希望だ。フランスの女優が半世紀前に撮った広島の写真が、今、このような形で目の前に現れたこと自体、奇跡のようだなと思う。」

2009年2月23日月曜日

小島一郎展短評@倉石信乃さん「FIAT MODES」

スピルバーグでもゴダールでもなく、今年はやはりイーストウッド先生の年であったわけです。アンジーの最後の言葉に、涙が止まりません……。それはともかく。



倉石信乃さんのウェブログ「FIAT MODES」に、「小島一郎──北を撮る」展訪問の「備忘録」がupされています。「北」表象といった話柄とは別の切り口から、日本近代写真史における重要な問題を提起されているように思います。さすがですね。今回は引用は控えます。ぜひ当該エントリーをお読みください。

http://fiatmodes.blogspot.com/2009/02/blog-post.html

今回の『小島一郎写真集成』を編むさいにも少し調べましたが、「戦後リアリズム写真」をめぐる批評(同時代的なフォローではなく、総括的批判としての)というのは実は意外と少ないように思います。小島一郎が抱えた“困難”を正確に見定めるためにもほんとうは必要な作業でしょう。これはぜひ、すでに「木村伊兵衛批判」をものされている倉石さんに書いていただかないといけません。茶飲み話などしていてはいけません。

遅ればせの?──Nothing is too late.



倉石さんも対談(茶飲み話ではない)で参加されている、『中平卓馬──来たるべき写真家』が河出書房新社の「道の手帖」シリーズから刊行されましたね。いま読み途中。先日のエントリーでご紹介した小原真史さんもインタビュー論考(って何?)を寄せています。触れたいことがありましたら、またここで何か書くかもしれません。書かないかもしれません。

2009年2月20日金曜日

『HIROSHIMA 1958』書評@『アサヒカメラ』3月号

本日発売の『アサヒカメラ』2009年3月号、「BOOKS[今月の新刊書籍]」の「REVIEW」欄で、エマニュエル・リヴァ写真集『HIROSHIMA 1958』が取り上げられています。評者は、北小路隆志さん(映画評論家)。「映画が作られた当時生まれてもいなかった僕にとっても『ヒロシマ・モナムール』は永遠の若さを誇る映画であり、またこの本に収録された写真に“若さ”としか形容しがたい何かが横溢するとの印象に僕は圧倒される」。さらに、末尾を引用──

『ヒロシマ・モナムール』は「平和についての映画」といった紋切り型を乗り越えるための映画であり、だから映画についての映画、映像についての映像であり、あらゆる人々がカメラをもって世界に対峙し、映像を「灰の中から蘇らせる」(デュラス)ための企てだった。そうした映像の往還とも言うべきプロセスの渦中に生まれ、今まで知られていなかった写真が不意の蘇りを遂げた奇跡に喜びを覚える。これらの写真にみなぎるのは、灰の中から蘇ったものだけがたたえる“若さ"なのだ。


全称性と単独限定性との連接にはやや危うさも感じないではないですが、どうでしょう。全文は本誌でどうぞ。

2009年2月19日木曜日

アデライダとビクトル

引用、やや長く──

ガルシア=モラーレスの家は、何よりも女たちの住む場所として立っている。これは[映画版『エル・スール』において]エストレーリャの母親がほとんど家から外にでない事実と、そして逆に父親には映画館、バル、駅のホテルが用意されている事実とに対応しているが、小説[の『エル・スール』]にあっては庭も含めた家こそが物語の中心点であり、後半になるとセビーリャの家屋がその庭やパティオとともに、次々と描写されてゆく。[……]エリセの映画で家が親子による秘義的な情愛の場として定義づけられるのと相反するように、また、ある意味では折り重なるように、ガルシア=モラーレスのテクスト群では、それは女たちのセクシュアリティーが濃密に凝縮され、〈父〉との葛藤とその内面化が体験される空間として構築される。両者の差異は、作家としての両者の資質的な差異であることを共有しながら、しかし、『エル・スール』という物語の生成のなかでこそ、微妙に反応しあい、あるいは変容の痕跡を意識することもなく、家をめぐって造形される対称的な表象性をつうじて、ひそやかに溶けあっている。

父親の自殺後、「一階にある書斎で、いつものようにベッドに横たわる」遺体と接することを拒んでいたアドリアーナは、ついに「崇高な意志のふるまいによって、わたしは死というものを信じない決心をしました」。そして彼女は確信する。「これからもずっと、パパは生きているのです」。ここにおいて、『エル・スール』は父と娘の物語という地上の寓話であることをやめ、ふたりの作家、アデライダとビクトルがともに描き、作り上げた、天体のイメージとなって生きつづける。

(杉浦勉「アデライダとビクトル──『エル・スール』の家をめぐって」、『E/Mブックス8 ビクトル・エリセ』、エスクァイアマガジンジャパン、2000年、111-112ページ)


En memoria de SUGIURA Tsutomu (1953-2008).


──本日より、アデライダ・ガルシア=モラレス『エル・スール』発売。

2009年2月18日水曜日

artscape補遺──リヴァ展レビューほか

artscapeでの小島一郎関係の記事はすでに紹介いたしました(→こちらこちら)が、同サイトのバックナンバーを見ていましたら、エマニュエル・リヴァ展に言及した記事もありました。福住廉さんによる写真展(銀座ニコンサロン)のショートレビュー(→こちら)。小原真史さんによる「2008年に期待する展覧会」という昨年年頭のアンケート回答記事(→こちら)。以上、メモとしてポスト。

2009年2月17日火曜日

『小島一郎写真集成』紹介@陸奥新報

すでに展覧会レビュー(土屋誠一さん)が掲載された「陸奥新報」ですが、09年2月15日付朝刊で、『小島一郎写真集成』が紹介されました(無署名記事)。「美術展に展示された小島の写真一枚一枚が見た人に再び訴えかけ、ずっしりとした重さとなって胸に響く一冊」。ウェブに転載されていないので、スキャンを貼りつけておきます(↓クリックすると大きく表示されます)。

『小島一郎写真集成』書評@artscape(飯沢耕太郎さん)

いま気づきましたが、すでにお伝えした小原さんの展評と同じ日の号の「artscapeレビュ−」のコーナーで飯沢耕太郎さんが『小島一郎写真集成』を取り上げています(1月31日付の記述)。やはり末尾を引用──

(…)彼の「津軽」や「凍ばれる」シリーズの、骨太の造形力と、寒々しい北の大地の手触りを鋭敏に感じとり、ハイコントラストの印画に置き換えていく皮膚感覚は、誰にもまねができないものだろう。あらためて、小島一郎の魅力的な写真世界を若い世代にも語り継ぐという意味で、今回の出版企画の意義は大きい。

展覧会も是非! 「この寒い時期に遠い青森」で、あえて、わざわざ、けんか売って開催しているんです!! …………でも、今年は、例年に比べて雪も少ないらしいですよ。

2009年2月16日月曜日

小島展レビュー@artscape(小原真史さん)


美術系ウェブマガジン「artscape(アートスケイプ)」は今年に入ってリニューアルされていますが、その2009年2月15日号に、「小島一郎──北を撮る」展@青森県立美術館のレビュー「「北」を背負った写真家」が、トップ記事として掲載されています。著者は小原真史さん(映像作家・批評家)。あのドキュメンタリー映画『カメラになった男──写真家 中平卓馬』の監督ですね。末尾を引用──

本展は一人の写真家が歩んだ軌跡を「北」という言葉の傍らで再審するための参照点であり、そこには小島の写真を介してさまざまな補助線を引きうる余白が残されている。そしてそのことにおいて「ご当地作家の回顧展」であることを逸脱しているだろう。しかしその逸脱のなかにこそ、「北」を生きた小島一郎の写真における今日的な課題が懐胎されているのではないだろうか。

ちなみに、トップに掲載されている画像は、展覧会のエントランス。さて、「小島一郎」展も残すところ3週間、3月8日(日)までです。しつこく申し上げますけど、巡回しませんので、どうぞお見逃しなく。

2009年2月13日金曜日

小島一郎@『週刊金曜日』

『週刊金曜日』最新号(2009年2月13日号/738号)にて、小島一郎の紹介が写真とともに掲載されています。「北を撮る──孤高の写真家・小島一郎とその妻、弘子の世界」(構成・文=福田文昭)。『小島一郎写真集成』に収録の作品と、奥様・弘子さん(歌人でもあります)の短歌とが誌面に並んでいます。「40余年の時を隔てた“幻の二人展”」という趣向。



ちなみに、同号から廣瀬純さんの新連載「生の最小回路」が始まってますね。第1回は「『蟹工船』よりも『バートルビー』──アントニオーニ/メルヴィル/アガンベン」。

今福龍太『遠い挿話』より

引用──

回想は、永遠の断絶の記録として書きとめられたのだ。父親と娘。二つの個は、ささやかな家族共同体のなかで手を握りあい、一瞬ともに踊り、歌い、対話したかもしれない。だがその本質的ないのちと生活との断絶の相を最後にきわだたせながら、二人は別々の生を選択した。少女が、父親の影を一生追いつづける過程は、またもう一つの物語の始まりだ。憧憬が、彼女を父親の生地であるセビーリャへと、椰子の揺れる南の土地へと引き寄せる。憧れという感情のなかだけに、父親の影が生きのこった。だが思春期の終わりとともに憧れの心が色あせたとき、少女の体の一部をつくりなしていた髭の男の絶望は、知らぬままに消滅してゆくのだ。
(今福龍太「思春期のフェミニズム」、『遠い挿話』、青弓社、1994年、139ページ)

小説『エル・スール』をめぐる一節。残念ながら品切れ

2009年2月12日木曜日

『小島一郎写真集成』@八重洲BC8階1位

ご好評いただいております『小島一郎写真集成』ですが、八重洲ブックセンター本店の8階和書芸術系フロアの、2月1日〜7日のベストセラーランキングで1位になっておりました。記録(記念?)としてキャプチャ&エントリー。

2009年2月10日火曜日

『エル・スール』見本出来/ユーロスペースにて先行販売中



本日(2月10日)、『エル・スール』(アデライダ・ガルシア=モラレス著/税込1890円)の見本が届きました。内容詳細はこちらをご参照ください。



書店さんでの発売は2月19日(木曜日)からの予定ですが、現在、映画作品『エル・スール』(ビクトル・エリセ監督、1983年)を上映中の映画館ユーロスペースにて先行販売中です。



本日劇場に納品して参りましたが(納品ついでに映画を見たのか、あるいは逆?)、最終週、1日1回上映ということもあってか、ほぼ満員でした。慶賀の至り。やはり一度はスクリーンで是非(DVD-BOXは別腹で)。上映は、金曜日までです! 21時からのレイトショーですが、混雑が予想されますので、いらっしゃるかたはちょっとお早めに劇場に行かれた方が良いかと思います……。



ところで、『エル・スール』を収録している「ビクトル・エリセDVD-BOX」(4枚組)は紀伊國屋書店さんから発売中ですが、ユーロスペースと同じ建物にあるシネマヴェーラ渋谷にて、今月28日から「紀伊國屋レーベルを讃える」という特集上映がありますね。なにがすごいって、こんなに堂々とDVD上映してしまえることこのラインナップの充実度! ……4本はフィルム上映だそうです。『エル・スール』はプログラムには入っていませんが。

2009年2月8日日曜日

『HIROSHIMA 1958』@朝日新聞書評欄

本日2009年2月8日(日曜日)付の朝日新聞朝刊・読書欄(「視線」コーナー)にて、『HIROSHIMA 1958』が取り上げられています。評者は、北澤憲昭さん(美術評論家)。一部引用──

(…)復興期の日常のさまざまな光景が正方形のフレームに切り取られている。リヴァのフレーミングは、どれも今もって新鮮だ。/なかでも印象的なのは子供たちの笑顔である。彼らが屈託のない笑顔を見せているのは、リヴァが挨拶を送るようにしてシャッターを切ったからにちがいない。(…)


2009年2月7日土曜日

『HIROSHIMA 1958』@「10+1」アンケート

雑誌『10+1』(INAX出版)は昨春、50号をもって終刊しましたが(今もって惜しいことと思われてなりません)、ウェブサイトでは引き続きさまざまな企画が掲載されています。2月2日にupされた「特集:書物・言葉・眼差し──2008年の記憶│アンケート」にて、「2008年に印象に残った書物」として小社刊『HIROSHIMA 1958』を、中谷礼仁さん(建築史・歴史工学)と山岸剛さん(写真家)が取り上げています。「歴史の大きな蓄積をしっかとかかえながら、そこからの軽やかな自在さをももちあわせた、歴然たる現代性の結晶。」と山岸さん。中谷さんについてはこちらもどうぞ。

2009年2月6日金曜日

『心ふさがれて』ンディアイ対談@『すばる』3月号



文芸誌『すばる』最新号(2009年3月号、集英社)にて、小社より昨秋刊行しました小説『心ふさがれて』の著者と訳者による対談が掲載されています。マリー・ンディアイ×笠間直穂子「対話|『心ふさがれて』をめぐって」、全12頁。刊行に合わせて来日した著者を迎えて、08年10月28日に早稲田大学にて行われた企画の採録です。『心ふさがれて』からの抜粋をンディアイさんが朗読しつつ、同作での「挑戦」について笠間さんが訊く、という対談です。『心ふさがれて』をお読みの方も未読の方も、ぜひご参照ください。ンディアイさん、カサヴェテスがお好きなんですね……。ちなみに、同記事中のンディアイさんのポルトレ(161頁)は港千尋さん撮影。

また、同誌巻末の「ザ☆すばる望遠鏡」という編集部の方によるコーナーで、『HIROSHIMA 1958』が触れられています。執筆は「編集部 C」さん。エマニュエル・リヴァさんが撮った1枚の広島の写真に写っていた建築物の上に「お年玉記念廣島原爆病院」というパネルが掲げられているのですが、それはいったい何のことなのか。現地取材されて、突き止められています。こちらもどうぞお読みください。

『小島一郎写真集成』@Amazon【続報】


品切れ状態になっておりましたが、Amazon.co.jpに『小島一郎写真集成』が納品されました。こちらからお買い求めいただけます。とりいそぎ、速報です。よろしくお願いいたします。

2009年2月5日木曜日

『ミツバチのささやき』上映は明日まで

すでにお伝えしておりますように、東京・渋谷のユーロスペースにて、ビクトル・エリセ監督作品の上映が行われています(いまはレイトショー)が、そのうちの1本『ミツバチのささやき』は明日(6日金曜日)までです。そのあとは『エル・スール』が1週間ほど続きます。いずれもニュー・プリント。見逃しているかたは是非。人生変わるかも。



と言いながら、私が今日見てきたのは森崎東2本立てなのですが。

『エル・スール』装幀

2月19日発売予定の『エル・スール』、まだ色校の段階ですが、装幀はこんな感じです……。速報、ということで。



装幀=間村俊一、写真=港千尋。

『HIROSHIMA 1958』@『BRUTUS』

写真集『HIROSHIMA 1958』が『BRUTUS』最新号(2009年2月15日号、656号)で紹介されています。「BBB(BRUTUS BEST BETS)」というコーナーです。「記憶に残すべき、街の物語。」と添えられています。



バリーのバッグやドルチェ&ガッバーナのスニーカーと並んでますよ!

2009年2月4日水曜日

「小島一郎」展紹介@朝日新聞

青森県立美術館で開催中の「小島一郎 北を撮る」展(3月8日まで)の紹介が、朝日新聞に載っております。



東京では本日(09年2月4日)付けの夕刊に掲載済み(「be evening 水曜アート」のコーナー)、そのほかでは明日の朝刊だそうです。「東北描くモダン写真 近年再評価・小島一郎 青森・回顧展」、執筆は古賀太記者。以下、冒頭。

 昭和30年代に活躍し、いったん忘れられた写真家、小島一郎(1924〜64)の再評価が近年始まっている。地元の青森県立美術館では、初の大規模な回顧展「小島一郎 北を撮る」が開催中だ。東北の地域性に根ざしながらモダンな写真をめざした小島の魅力を探った。
 「これはどこなんだ」。本展を企画した地元出身の同館学芸員の高橋しげみさんは、小島の作品を初めて見た時にそう思ったという。「知っている土地なのに別世界だ」
 確かに、「つがる市木造」(58年)は、まるでミレーが描く農作業風景のようだ。
 39歳で亡くなった小島一郎の活動期間は約10年だった。(……)


こちらに全文が転載されていますので、どうぞご覧下さい(WebCite)。展覧会場の様子はこのウェブログでもご報告しました(津軽写真展示室はこの1枚目の写真よりもほんとうはずっと暗いのです。画像調整で明るくしています)が、ぜひ実感いただきたく思います。そのためには、そう、雪の中の美術館へ! 何度でも繰り返しますけど、巡回しませんので。

港千尋『文字の母たち』台湾版まえがき

すでにお伝えした『文字の母たち Le Voyage Typographique』(港千尋著・写真)の台湾版、『文字的衆母親:活字版印刷之旅』に著者が寄せた「まえがき」を掲載いたします。

──────────

文字の体温
[『文字の母たち』台湾版まえがき]

 これらの写真を撮影したのは、二〇〇四年から〇六年にかけてである。つい最近のことなのだが、写された現場もいまはもうない。それぞれフランスと日本を代表する大きな印刷所としてはもちろん健在だが、そのなかから活版印刷だけは消えてしまったのである。時代が変わるスピードはますます速くなり、瞬間をとらえようとする写真ですら追いつかないほどである。写真集の刊行から一年して、わたしはますます強く感じるようになった──すなわちこれらの写真の撮影の時期は短いが、記録されたのは、とても長い時間の終わりではなかったか。グーテンベルクにはじまる活版印刷の長い歴史が終わり、印刷と書物の新しい時代が始まる、ちょうどそのときに記録されたように感じるのである。
 印刷される文字は長い間、人間の手によってつくられてきた。フランス国立印刷所は、有名なガラモント体を生み出したクロード・ガラモンに始まり、数々の書体をデザインしてきたところである。しかも西欧のアルファベットだけでなく、アラブ語やヘブライ語からヒエログリフまで世界中の言語の活字をつくりだし、それらを使って多くの重要な書物を印刷してきた。
 表紙に使った写真はそれらの本のひとつで、最初の中国語・フランス語・ラテン語辞典である。ナポレオン一世の命で編纂された辞典だが、印刷されている漢字は、およそ一世紀をかけて王立印刷所で彫られた十一万字の木活字で印刷されている。それはヨーロッパ人によってなされた包括的な漢字体系化の試みだが、その歴史とは別に、わたしは印刷所のなかに一冊だけ残されていた分厚い辞典のページを繰りながら、不思議な気持ちにとらわれた。
 収録されている漢字の多くは、今日使われることのない、そこで初めてお目にかかる代物である。初めて出会うという意味では、おそらく十八世紀のフランス人にとってもそうだったはずだが、彼らは独自の感覚で文字を眺め、理想的なかたちに彫刻したのだろう。どの活字も堂々としていて、ひとつひとつ大切に彫られたことが伝わってくる。そう思うのは篆刻に親しんでいる東洋の人間だからかもしれないが、フランス語とラテン語の訳を読み、文字がたどった長い旅を想像しているうちに、活字はそれ自体の生命をもっているという気がしてきたのである。
 これは一般的なイメージとは逆かもしれない。手書きの文字と比べてみれば、金属活字に機械的な冷たさしか感じられないのが普通だろう。だがどの活字にも、人間と同じように独特の履歴がある。書体の原型が彫刻され、そこから母型がつくりだされ、高熱に溶けた合金が流し込まれて生み出されるという、製造の過程。さらにそれらの活字を拾い、版を組み、何回も試し刷りをして調節するという印刷の過程。これらの過程で、人間は常に左右逆さにして文字を眺め、彫り、拾う。ひとつの文字には、独特の感覚をもった多くの手と目が隠されている。そしてときには時代も場所も離れた、たがいに見知らぬ人間たちの身体と感覚が、ひとつの文字のなかに溶け合っているのである。
 だからどの活字にも、きっとそれぞれの体温があるにちがいない。それは限られた時間と空間のなかで、どれだけ美しい文字を効率よく作り出し、印刷できるかという、静かだが熱い知的挑戦の温度でもある。わたしはその最後の現場を撮影しながら、たとえ使われなくなったとしても、活字はいつも暖かい心をもって待っていると確信した。
 活字には、特定の時間と特定の場所における、人間の目と手の記憶が保存されている。その記憶は、あらゆる書物がインターネット上で読めるようになった時代にも失われることはないだろう。むしろ電子化された書物が、それを生んだ時間とも場所とも切り離されて存在する新しい時代だからこそ、必要とされるのではないだろうか。
 その記憶の一部が、中国語で出版されるのは、著者にとってもこの本にとっても、このうえない幸せである。豊かな漢字文化のなかで、思いもかけない出会いが待っていることだろう。新たな旅への扉を開いてくれた出版社と翻訳者に、心から感謝するしだいである。

二〇〇八年 パリ
港千尋

Copyright (C) Chihiro Minato 2009

2009年2月3日火曜日

アンドレ・バザン『映画とは何か』はじつは復刊されている!

こんなに立て続けにウェブログ更新しなくてもと思うのですが、これはやはりきちんとお伝えしておかないといかんだろうと考えますので、本日4つめのエントリー。このウェブログでもご案内しましたが、先日、没後50年記念ということで東大駒場で国際シンポジウムも開催されていた、映画批評家アンドレ・バザン(1918-1958)。そのシンポジウムの席でも、ながらく品切れ・絶版になっている、と言われていた、映画論の古典、

バザン著作集の日本語訳『映画とは何か』(全4巻、小海永二訳、美術出版社、1967-77年)は、じつは昨年末に復刊されている!

のです。昨秋どこかの書店で案内パンフレットを貰っていて気づいていたのですが、つい数日前まで私もすっかり忘れておりました(これを見て思い出しました)。映画関係者(?)のウェブログなど(あとウラゲツさんとか)を拝見していても、管見のかぎりどなたも取り上げていないので、たぶんご存じないのでしょう。それも無理なく、(私が探したところでは現時点で)書店の映画コーナーには置かれてないのです。以下が復刊書の書誌。

『小海永二翻訳撰集 第4巻 映画とは何か』
著者:アンドレ・バザン
訳者:小海永二
発行:丸善株式会社、2008年12月5日
体裁:菊判上製クロス装カバー、682頁
価格:税込5250円
ISBN:978-4-621-08034-4
http://pub.maruzen.co.jp/shop/9784621080344.html



全6巻の「翻訳撰集」のうちのひとつに、美術出版社版全4巻のコンテンツがすべて再録されています(訳者あとがき含めて。図版も多数掲載されていますが、網羅されているかは未詳)。私もようやく見つけて入手しましたが、書店さんでもあまり置いていません。置いてあっても文学全集のコーナーですね(ミショーやロルカなど、文学関係の翻訳が多い「撰集」だからでしょう)。美術出版社版は古書価もかなりの値がついていますし、そもそもほとんど出回っていないはずですから、この値段で新刊で入手できる、というのは朗報と言ってしかるべきです。たしかに、すでに四半世紀以上も前の訳ですし、また映画を専門としている訳者による仕事ではないこともあってか、訳文に問題が無いわけではない、ということは研究者の方々がつとに指摘されています。ですから、上記シンポジウムで発表された(ので、ここで書いても構わないでしょう)、

野崎歓さんほかが『映画とは何か』新訳を準備中!

というのが今から待ち遠しいわけですが、血眼になって古書を探していた方々は、ひとまず今回の丸善版を入手されてはいかがでしょうか。全集ものですが、分売可。刊行部数も多くないことが予測されますので、お早めに。むろん、「映画を信じた男──アンドレ・バザン論」(全4回、『言語文化』32〜35号、一橋大学語学研究室、1995-98年。単行本未収録。ここで検索するとPDFが入手可)という、充実したバザン論をすでにものされている野崎さんによる新訳も楽しみですし、爾後はその新訳がリファーされることになるはずでしょう(あ、誤訳には気をつけたいものですね……)。



小社も今後、映画論・映画批評の書籍をいくつか刊行する予定があります。詳細は刊行が近づいて参りましたらあらためてお知らせいたします。……このウェブログも小社本の宣伝ばかりもなんですから、ときにはこういうエントリーも小出しに(?)していこうかと思っております。

「リベラシオン」入手

先日速報をお伝えした、「リベラシオン」1月21日付の号が手に入りました。最終見開きに以下のように掲載されています。写真図版おっきい!(↓クリックしても大きくなりませんすみません)



1面がごらんのとおり、この方。就任演説の翌日の号で、この号は飛ぶように売れたそうです。



試訳しようかと言っておいてまだ何もしてませんが、いずれそのうち。記事末尾(註の1)に、「大阪のニコンサロンで2月に、パリのメゾン・デュ・ジャポンで4月に、巡回展開催予定」と記載されていますが、大阪の展覧会はもうすこし先になりそうです(現在日程調整中です)。また、パリの4月の開催は、(大学都市の日本館ではなく)パリ日本文化会館のことです(こちらをご参照)。

『文字の母たち』台湾版刊行

小社刊の写真集『文字の母たち Le Voyage Typographique』(港千尋著・写真、2007年3月、税込3150円)の台湾版が、台灣商務印書館から刊行されました。タイトルは『文字的衆母親:活字版印刷之旅』。詳しい書誌はこちらをご覧ください。ジャンルが「應用科學>製造」となってますね……。



250元とありますが、これはニュータイワンダラーのことで、現在1NT$=2.66円だそうですから、そうすると、ええええええ?(もともと物価が安く、今は円高、だとはいえ……) 製本は並製、モノクロ写真は1色印刷(小社のオリジナルはダブルトーン)と、モノとしての出来は日本版と比べていささか落ちる、というのが実際のところです。(ちなみに、オリジナル日本版の印刷所はもちろん、本書の取材先のひとつ、大日本印刷。)「写真集」ではなくて「應用科學>製造」ということなのでしょうか……。

小社の日本語版『文字の母たち』は2刷の段階で品切れになっており、ご迷惑をお掛けしておりますが、いずれ3刷を刊行したいと思っております。(書店さんからの返品で在庫が生じる場合が、ごく稀ですがございます。ご希望の方は小社に直接お問い合わせ下さい。)

【追記】
台湾版では、以下のテクストが加わっています(実際の漢字は繁体字です)。
 *【中文版序】字体温 港千尋
 *【推介】文字触感的起源 周易正(文字工作者)
 *【訳者後記】一刻一生ヽ一字一世界 李鳳新
港さんによる台湾版序文はせっかくですので、いずれ公開したいと思います。

【さらに追記(2月4日)】
台湾版まえがき、掲載しました。こちらでどうぞ。

『小島一郎写真集成』@Amazon

『小島一郎写真集成』ですが、先日の「新日曜美術館」の効果でしょうか、ご注文が相次いでおります。現在(2月3日15時)、Amazon.co.jpでは、品切れ(で、AMPのみの扱い)になっておりますが、すでにAmazonさんには追加納品いたしましたので、近日中にご注文いただけるようになるはずです。いましばらくお待ちいただきますようお願いいたします。

2月3日午前1時40分の時点でのステータス。全書籍のうち552位。こんな夜中ではなくて前の時間に確認していたら、順位ももうすこし上だったかもしれません。(↓クリックすると大きくなります。)

2009年2月2日月曜日

『みすず』読書アンケート特集号


月刊誌『みすず』(みすず書房)の最新号、2009年1・2月合併号は恒例の「読書アンケート特集」。

『HIROSHIMA 1958』(エマニュエル・リヴァ写真/港千尋+マリー=クリスティーヌ・ドゥ・ナヴァセル編)を、川本隆史さん(社会倫理学)、岡村民夫さん(表象文化論)、大島洋さん(写真家)が取り上げています。大島さんの文より一部引用──

(…)これまでに見た戦後の広島を撮ったさまざまの写真のなかで、最も強く心惹かれた写真集のような気がする。気負いがなく、穏やかなまなざしで、原爆投下から十三年経った復興前夜の広島の、敢えていえば、この時代の日本のどの町にも見ることの出来ただろう、明るく活気ある日常生活が撮られている。それでいて、原爆の被災から離れて見ることができない。(…)ぜひ多くのひとに見ていただきたいと思う。


また、『民主主義への憎悪』(ジャック・ランシエール著/松葉祥一訳、2008年7月刊)を、十川幸司さん(精神分析・精神医学)がピックアップされています。

民主主義を巡る数多の議論のなかで、私にはランシエールの考えが最も説得力を持つもののように思える。本書では、『不和あるいは了解なき了解』(インスクリプト)で示された思想が、現在の世界の情勢に応じた形で平易に述べられている。


そして、お分かりになりましたでしょうか、この号の表紙の写真は小島一郎です。小社刊『小島一郎写真集成』に収録の1枚。ミレーっぽくないでしょ? 次号3月号も続けて小島作品が使用される予定です。どうぞご注目ください。

『みすず』は定期購読を基本としています。取り扱っている書店さんも一部あります。PR誌ですが、無料ではありません(税込315円)のでお気をつけください。



【追記】この号のアンケートに回答されたのは152名だそうですが、ざっと目を通してみた限り、今回多くの方が挙げていて目立つのはこれとかこれとかこれあたりでしょうか。あと、これもか。(版元という立場は別に)一読者としては、ランキングを作ることにはまぁほとんど意味はなくて、あの本はやっぱり読んでおくべきなんだな(これとかこれとかこれとかこれとか、あとこれ)、とか、こんな本が出ていたのか(これとかこれ)、といった感じで使えるブックガイドです。昔の「読書アンケート特集」のバックナンバーを読み返してみる、というのもまた面白かったりします。

2009年2月1日日曜日

【TV放映】「新日曜美術館」で「小島一郎」展が紹介

今日2月1日放送のNHK教育「新日曜美術館」の「アートシーン」のコーナーで、青森県立美術館「小島一郎 北を撮る」展が紹介されています。朝の放映はもう終わってしまいましたが、ご覧になっていない方はぜひ夜の再放送(20時45分くらいからでしょうか)をどうぞ。展覧会の様子をご覧いただけると思います。

……特集が「山梨県立美術館 ミレー館」で、小島展の惹句が《戦後の青森が生んだ写真界の「ミレー」》というのはただの偶然……でしょうか。小島一郎の写真にはミレーを彷彿させる作品もありますが、それだけにとどまるものではありません。その作風の変遷をめぐる格闘については、展覧会に足を運んでいただいて、あるいは『小島一郎写真集成』をご購入いただいて、どうぞご確認ください。

なお、小社(インスクリプト)刊行の『小島一郎写真集成』は、上記の展覧会の図録・記念写真集ですが、一般書籍として販売しておりますので、全国の書店さんにてお求めいただけます。店頭にない場合はお手数ですがご注文いただければ幸いです。